少し前に お友達の可愛い文鳥が天国にいってしまいました。

もう、いなくなってしまったんだ・・・という悲しみを通じて、

命の儚さや かけがえのないものという事を痛感していた所に

また悲しい知らせが届きました。  

 

全盲の子猫  ひなちゃん の事を覚えていますか・・

 http://www.nanikare.net/diary/0710/071029.php  

 

2日前  ひなちゃんの飼い主  はるかママさんから  

「先ほど午前11:11分 ひなを安楽死させました」 という電話をもらいました。    

最後は眠るように天国へ逝ったそうです。      

 

「安楽死」  私には想像できない 考えただけで狂いそうな決断です。    

 

ひなちゃんは 生れつき目が見えない事に加え  

【 門脈全身循環シャント 】という難病を抱えていたために  

子猫並みに身体が小さく

 毎日 痛い!苦しい! その繰り返しで 生きてきたそうです。  

病気が悪化し 立つ事も出来ず 痙攣も激しくなり

「もう楽にしてあげたい」と

はるかママさんが 自分で決断したそうです。

 

 安楽死を拒絶するだけの力が残っていないほど

 ひなちゃんが苦しみぬいていたからです。  

 

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安楽死をさせる朝  

はるかママさんは ひなちゃんと約束したそうです。    

 

お別れの朝だね    

明日目が覚めたら 身体はどこも痛くないから   

両目も見えて  どこまでも走れるから  

今度生まれて来る時は  母さんの 命をあげるから 

必ず母さんより長生きして。   

今度生まれてくる時は   

母さんの目をあげるから  目が見えるように生まれてきて  

目が見えたら 1番先に母さんに会いにきて」・・・と。     

 

安楽死については  答えを出せる人などいません。  

どんなに苦しみぬいても 

最後の最後まで命のある限り見守りたいと思う人もいるでしょう。  

逆に目の前で 苦しみぬいて 

助かる見込みもない事がはっきりしたのなら  

その苦しみから解放してあげる   

これも ”愛” なのではと思うのです。  

1つだけが正解ではありません

 ただ、今は 目も見えなかった ひなちゃんが   

ここまで頑張って生き抜いた事に拍手してあげたいです。    

自分の子とのお別れを考えてしまうだけで   

涙がホロボロ出て来ます。  

バカみたく嗚咽してしまいます。  

考えたくもない事です。    

 

でも・・胸をはれるくらい 愛情を持って接していれば    

お別れの時が来ても 「ありがとう」 と言ってもらえるような気がするのです。  

私も 亡きぴっちゃんの写真を見ながら 

そんな答えを求めています。