本日1月1日は

うちの可愛い おみそさん

おめめくりくりの美人さん 

ちびちゃんの5歳の誕生日です。

 

 

そしてこれが

私が最も大事にしている1枚の写真

 

死の病 PBFDウイルス を発症していた

ちびちゃんが

1年3カ月もの間 闘いぬいた末

初めて 自分の羽で飛んだあとの写真です。

 

 

 

5年前、ちびちゃんはある熱帯魚屋に 売られていましたが

その時点でPBFDウイルスを発症しており

売られていたカゴの中にも 

羽が落ち、羽から出血をしていました。

 

もうこのインコは売り物にならないと判断していたのでしょう。

 

そこの店の清水アキラ似のババァは ちびちゃんに 

ほとんどゴハンもあげていませんでした。

 

私が見た時には

自力で止まり木に止まれないほど衰弱しており

生後6カ月にして 21グラムという危険体重でした。

(通常は30グラムほど)

 

私はペットショップが嫌いで 

よほどの事がない限り行く事はありません。

 

しかし知人の 「熱帯魚屋に 死にそうなインコがいるの」との

言葉が頭から離れず

何かに導かれるように行ってしまったのですが

 

あとから獣医さんに

「1日遅かったら助からなかった」と言われたことを考えると

ちびの必死のSOSだったのだと

信じて疑いません。

 ちなみに 私が「この子をレスキューします」と言ったら

ババァに「はい、じゃあ2,000円ね」と言われました

2.000円払ってちびを引き取って来ましたが

『ばばぁ地獄へ堕ちろ』と願ったのは言うまでもありません

 

翌日、小鳥の病院へちびを連れて行って

ガクゼンとしました。

「間違いなくPBFDを発症しているので、

先住インコとの隔離が必要」

 

それからは ちびちゃんを死なせまいという思いと共に

ぴなちゃんに絶対にうつしてはいけないという

飼い主の責任のもと

見えないウイルスとの長い長い闘いが

始まりました。

 

先住インコのぴなちゃんにウイルスがうつらないよう

徹底した ビルコンによる消毒 空気清浄機

インターフェロンによる治療がスタート

 

ちびの部屋に入る時は、レインコートにシャワーキャップ

スリッパの裏まで消毒しました。

 

人が怖くて 手を入れただけでパニックになる

ちびちゃんに 名前を呼び続け

1羽だけで隔離されている 孤独なちびちゃんが

寂しくないように 

1日中 鳥の声のCDを流し続けました。

 

 

動物には 人の心が必ず通じます。

つらい思いも忘れない代わりに

愛情も必ず伝わります。

 

ちびも 日に日に 変わっていきました。

 

生への執着も見え始め

しだいに私の指にも乗るようになり

体重も増え始めて 来ました。

 

 

1年後には 

晴れて「PBFD陰転」 の診断を受け

 

さらに3カ月 羽の様子を見ながら治療を続け

 

ついに1年3カ月後 PBFD根治。

 

はれて 先住インコの ぴなちゃんとも対面することが出来ました。

 

あれから4年半

 ちびちゃんは今日で5歳になりました。

 

1月1日

ちびがこの世に生を受けた大切な日

 

1度はほぼ消えかけた 命の火が

こうして燃え続けていることに 感謝の気持でいっぱいです。

 

あの時神様は ちびに

「お前は生きろ」と言ったのでしょうか。

 

誕生日の 今日も 

元気いっぱいに 羽ばたいています。